【コラム記事 vol31】コスプレ界隈で「正しさ」がぶつかる瞬間

コラム記事
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こんばんわー!五十嵐赤鬼です。

コスプレ界隈に長く関わっていると、
ときどき感じることがあります。

それは、
「正しさ」がぶつかる瞬間。

誰かが明確に悪い、という話ではありません。
むしろ全員、自分なりに正しいと思っている。

だからこそ、ぶつかる。

今日はその話を、少しだけ掘り下げてみたいと思います。


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マナーとルールという「正しさ」

・並び方
・撮影の順番
・距離感
・SNSでの振る舞い

コスプレ文化には、明文化されたルールと、
暗黙のマナーがあります。

それは文化を守るために必要なものです。

でも問題は、
その“解釈”が人によって違うこと。

「これはマナー違反だ」
「いや、それは過敏すぎる」

どちらも本人の中では正しい。

だからこそ、摩擦が生まれる。


そしてもう一つの「正しさ」

ただ、ここで難しいのは、
すべての正しさが“文化のため”とは限らないことです。

ときにそれは、

  • 自分の価値観を守りたいエゴ
  • 自分の立場を正当化するための主張
  • 不安や嫉妬からくる攻撃

そういった個人的な感情が、
「正論」という形をまとって出てくることもあります。

正しさの顔をしているけれど、
実はただの押し付け。

それが混ざると、
議論は一気に息苦しくなる。


SNSが拡大させる「無駄な正しさ」

昔ならその場で終わっていた違和感も、
今は拡散され、議論になり、
時には炎上する。

正論は目立ちやすい。
強い言葉は拡散されやすい。

でも強い言葉ほど、
本質よりも感情が先に立っていることもある。

正しさが増幅されるほど、
文化は守られるどころか、疲れてしまうこともある。


では、どう向き合うべきか

ここで大事なのは、
「正しさを振りかざさないこと」だと思っています。

自分の中にある正義が、
本当に文化のためなのか、
それとも自分の感情を守るためなのか。

一度立ち止まって考える。

そしてもう一つ。

すべてに参加しなくていい、ということ。

議論に飛び込まなくてもいい。
正しさを証明しなくてもいい。

距離を取ることも、
文化との向き合い方のひとつです。


成長痛としての摩擦

正しさがぶつかるということは、
それだけ人が増え、
立場が多様化しているということでもあります。

摩擦は、衰退ではなく成長痛。

でもその痛みを必要以上に大きくしないためには、
「自分の正しさを少し疑う姿勢」が
今の時代には必要なのかもしれません。


おわりに

コスプレ界隈で起きる衝突は、
文化が生きている証拠でもあります。

でも、
無駄な正しさやエゴが増えすぎると、
その空間は息苦しくなる。

だから自分は、
裁く側ではなく、
煽る側でもなく、
できれば“整える側”でいたい。

正しさよりも、
この文化が続くことを大事にしたい。

そう思いながら、
今日もこの界隈を見ています。

今回のコラム記事はここまで、また次週お会いしましょう。

投稿者プロフィール

赤鬼
赤鬼代表&カメラマン
webcosmedia代表&ライター
2018年にコスプレ撮影を開始。
関東を中心にコスプレイベントに参加。
使用機材:Nikon D780

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