こんばんわー!五十嵐赤鬼です。
コスメディアでコラム記事を書き始めてから、気づけばもう30本以上。
イベントのこと、撮影のこと、コスプレ文化のこと――
色々な角度から書いてきました。
正直な話をすると、最近ふと思うことがあります。
「あれ、次、何を書こう?」と。
もちろん、コスプレイベントは今も変わらず開催されていますし、
コスプレイヤーさんも、カメラマンも、変わらずそこにいます。
環境が大きく変わったわけではありません。
それなのに、「書けること」が減っているような感覚があるんです。
ただ、これは少し正確ではなくて。
書くことがなくなった、というより――
「書けないこと」が増えてきた。
そう感じています。
言葉にしなくても、分かってしまうこと
コスプレ文化に触れたことがある人なら、
わざわざ説明されなくても分かることがあると思います。
イベントの空気。
会場の温度感。
人と人との距離感。
言葉にされていないけれど、確かに存在しているもの。
そういうものは、確かにあります。
でも、それを記事として書こうとすると、途端に難しくなるんです。
言葉にした瞬間、
本来そこにあったはずのニュアンスが、どこか別のものになってしまう。
「そうじゃないんだよな」と思いながら、
結局、書かないまま終わることもあります。
コスプレを知らない人に説明することはできる。
でも、知っている人にとっての“あの感覚”を、
正確に言葉にすることは、簡単ではありません。
理解はしているのに、まだ言葉にできないもの
もうひとつあります。
理解はしているのに、まだ言語化できないもの。
これは最近、特に増えた気がします。
イベントに参加していて、
取材をしていて、
写真を見返していて、
「ああ、何かが変わっているな」と感じることがある。
でも、それが何なのかを、
まだ自分の中で正確に説明することができない。
違和感としては確かに存在しているのに、
それを言葉にするだけの解像度が、まだ足りていない。
無理に言葉にすることもできます。
でも、それはきっと、本当に書きたいこととは少し違うものになってしまう。
だから、書けない。
これは、知らないから書けないのではなくて。
むしろ、見てきたものが増えたからこそ、簡単には書けなくなったのだと思います。
書けるけれど、書かないことを選んでいる話
そしてもうひとつ。
これはあまり大きな声では言えませんが、
「書けるけれど、書かないことを選んでいるもの」もあります。
コスプレ文化の中には、
とても面白い部分があると同時に、
とても現実的で、少し生々しい部分もあります。
きっと、それを書くことはできます。
でも、それを書いた瞬間、
それはただのコラム記事ではなくなってしまう気がするんです。
誰かを傷つけるかもしれないし、
何かを壊してしまうかもしれない。
だから、書かない。
書けないのではなくて、書かないという選択をしている。
そういう話も、確かに存在しています。
それでも、書き続けていくということ
コスプレについて書き続けていると、
書けないことが増えていきます。
でも、それはきっと、悪いことではないのだと思います。
外から見ている時は、何でも書けました。
すべてが新鮮で、すべてが言葉になりました。
でも、中にいればいるほど、
簡単には言葉にできないものが増えていく。
それだけ、この文化には奥行きがあるということなのかもしれません。
すべてを書くことはできない。
すべてを言葉にすることもできない。
それでも、これからも、
書けることを少しずつ探しながら、
コスプレという文化を記録していこうと思います。
たぶん、それが――
コスメディアという媒体の役割なのだと思うので。
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